
一日観劇
さて、実際に江戸時代の歌舞伎観劇は
大変な労力と時間がかかり、
一日がかりの大イベントでありますた。
八ツ(午前2時)に公演を知らせる
一番太鼓が鳴り響き、名題役割が読み上げられます。
ま、真夜中ですぜ〜(笑)
この頃にはすでに芝居小屋の周りには芝居好きの連中がウロウロとしてまする。
そして、明け六ツ(午前6時)に開演を知らせる、二番太鼓が鳴り、木戸が開き
「三番始まり〜〜」と掛け声とともに札売り(チケット販売)が開始されます。
庶民の皆様は前夜からいい席を取ろうと並んで待ってます。今と変わりまへんな〜。
で、舞台では吉例とされている「三番叟(さんばそう)」が始まります。能狂言の「三番叟」を
歌舞伎に取り入れた踊りで大変目出度いとされています。その頃にはすでに大衆席は押すな
押すなの大入り満席です。
軽妙な踊りと賑やかなお囃子、がやがやと客のざわめき、弁当売りの掛け声、
外では河童(呼び込み)留め場(制止係)、売り子(チケット売り)達の表方の喚き声が聞こえます。
……これが、朝の6時をちと過ぎたぐらいだってんだからその盛況ぶりがうかがえまする〜
三番叟が終わると、水を打ったように静かになり「一番目」の舞台が始まります。
この「一番目」は時代物と決まっています。要は江戸時代より前の物語ですな。
延々と昼までこの時代物は続き、幕間となります。
ここでまたがやがや(笑)例の「幕の内弁当」の時間ですね。半刻(約1時間)の後、
午後の「二番目」が開演。この「二番目」は世話物と、これもまた通例となっています。
世間で話題になった事件などが題材とされた物語です。狂言作家(シナリオライター)の
腕の見せ所となりますね。で、暮れの七ツ半(午後5時)から六ツ(6時)に公演終了となりまする〜
お客さんたちも興奮と疲れで辟易しながら出てきます(笑)
いや、すっごい長丁場でんな〜
ちなみに夜は開演いたしません。
幾度となく芝居小屋が燃えていたことから、火事の恐れのある蝋燭での照明を
公儀から禁止されてますた。
照明は芝居小屋の上の方に設けられた、明り取りの窓のみでおます。
※二番太鼓は七つ(午前4時)との記述もありまする
でやんす。ただ読んだだけでも、俳句や短歌のように区切りがシャンとしていて、テンポよく読むことができまする。
是非、PCの前で見得を切り(↓真ん中の人みたいに)、朗々と声を出して読んでくださいね〜(笑)
江戸歌舞伎三に続きまする〜〜
今暫くお待ちくださいませ〜

Nextはまだないよん

月も朧(おぼろ)に白魚の、篝(かがり)もかすむ春の空、つめてえ風もほろ酔いに、心持よくうかうかと、
浮かれ鳥のただ一羽、塒(ねぐら)へけえる川端で、棹の滴(しずく)か濡れ手で泡、思いがけなく手に入る百両、
ほんに今夜は節分か、西の海より川の中、落ちた夜鷹は厄落とし、豆沢山に一文の、銭と違って金包み、
こいつあ春から縁起がいいわえ〜

「一番目」・「二番目」
歌舞伎の演目は今日でこそ、「一番目」「二番目」の他に浄瑠璃や小唄などを間に挟めて、
お客に飽きさせない工夫を凝らしていますが、江戸時代では純粋に二話の物語で
かなり長いものでした。上記のように「一番目」が時代物、「二番目」が世間物とこの二本立てが
通例となっています。
時代物は「菅原伝授手習鏡(すがわらでんじゅてならいかがみ)」や
「義経千本桜(よしつねせんぼんざくら)」「一谷嫩軍記(いちのたにふたばぐんき)」などでおます。
世話物は、白浪五人男(しらなみごにんおとこ)の「青砥稿花紅彩画(あおとぞうしはなのにしきえ)」
魚屋宗五郎の「新皿屋舗月雨暈(しんさらやしきつきのあまがさ)」
「与話情浮名横櫛(よわなさけうきなのよこぐし)」(切られ与三(きられよさ)で有名)などです。
「忠臣蔵」の「仮名手本忠臣蔵(かなでほんちゅうしんぐら)」は江戸時代の当時は世話物と
なっていましたが、現代では時代物の代表となってますね。
また、現代の歌舞伎ではひとつの物語があまりにも長いため、有名ないいところをダイジェストで
上演しています。
※各物語の記述はとてつもなく長くなるので勘弁してちょ。本当は書きたいケド(笑)
客席
歌舞伎の客席は何種類にも分けられていて、芝居茶屋に案内されてくる上客は桟敷席、
木戸から入ってくる中ぐらいの客は土間の席、大衆席は二階正面の向桟敷(むこうさじき)、
そのまた奥の通称大向こう、大向こうの奥が役者の声も届かない通称つんぼ桟敷、
舞台の後ろ上にある羅漢台、その上の吉野席と、観劇料にあわせていろいろとありました。
桟敷席は銀十二匁(もんめ)〜三五匁、約19800円〜57750円で、ヒット作だと土産やら食い物がついて
六十匁(99000円)、七十匁(115500円)にもなったそうです。土間は100文(2500円)程度で、
一番安い大向こうはわずか十文(250円)。この大向こうが曲者で、安いもんだから長屋暮らしの職人や
商家の手代なんぞの芝居通が通いました。でここから「○○やぁ〜〜」と声をかけます。
なにせ毎日のように行くもんだから、自然に目がこえ、役者さんたちにとっては演りづらい客でもあったそうです。
演技を端折ったりしたら今でいうブーイングが起こったんだろうな〜(笑)
さてさて、歌舞伎観劇には重要な要素として芝居茶屋があります。吉原遊びと同じように、大店の主や歌舞伎を
接待で使う各藩の江戸留守居役、はたまた芝居が純粋に大好きな殿様、大奥の年寄りなどの金持ちや身分の
高い人たちは全て芝居茶屋を通して歌舞伎を楽しみます。芝居茶屋はチケットの予約から演目の解説、
食事、宴会、土産まで全て手配してくれるところです。芝居に関するプロ中のプロフェッショナルでんな。
右図で分かるとおり、「中村座」の周りに「いせや」「大こくや」などいくつもの芝居茶屋がひしめいており、
特に「中村座」と同じ敷地にある芝居茶屋は長廊下で「中村座」とつながっています。
上記のお大尽さまたちは明け方に駕籠で芝居茶屋に乗り付け、暖簾をくぐってまずは座敷で一服し、
ゆっくりと朝飯を食います。「三番叟」などは観ません。「一番目」が始まり暫く経った頃、
芝居小屋の桟敷席へと直接いきます。桟敷席にもすでに酒や肴の用意もされちゃったりしてまする。
幕間はまた芝居茶屋の自分の座敷に戻り、豪華な昼食…もちろんここで昼寝なんぞしてもかまいません(笑)
で、気の向いたときに「二番目」を観にいきます。芝居が跳ねたあとは馴染みの役者なんぞを自分の座敷へ
呼び、金をばらまきつつ(祝儀)飲めや唄えの大騒ぎがはじまります。これが楽しみで芝居見物に行くお大尽も
かなりいたということでおます。大向こうの立ち見席とは雲泥の差ですな〜(笑)
ちなみにこの頃は「禁煙」という概念はないので、どの席にも煙草盆(火入れ・灰吹き・盆のセット)がありました。
ええな〜〜(笑)


忠臣蔵の一幕ですな。炭焼き小屋から吉良上野介を引っ張り出してまする。
ちなみに忠臣蔵というのは、蔵一杯の忠臣という意味ですな。
また、悪役でお馴染みの吉良義央は、実は慈悲深い名君でした。
物語の進行上、どうしても黒白をはっきりとする必用があったわけです。画・広重
かべすと呼ばれた、当時の弁当の再現です。菓子の「か」弁当の「べ」寿司の「す」です。
幕の内弁当は、玉子焼き(王子「扇屋」)・里芋の煮物・浅蜊の佃煮(浅草「鮒佐」)・枝豆・蜜柑など。
右上は寿司折詰、押し寿司と巻き寿司。菓子は長命寺の桜餅と根岸の羽二重団子。
このほかに、お茶、酒肴でございますた。 ※江戸食文化紀行より


有名な台詞
歌舞伎の台詞(せりふ)で「こいつは春から縁起がいいわい」というのがありまする。
どなたも聞いたことがあるでしょ?(笑)
あの台詞は「三人吉三廓初買(さんにんきちさくるわのはつかい)」という世話物で安政七年(1860)の初演です。
三人の吉三(きちざ)という名の盗賊の物語ですな。で、本来の台詞は「こいつは春……」の前にたんとありまする。
日本語の歯切れのいいテンポが実に表れてます。

