
伝統的な江戸の色をコツコツと調べてみました。
主に着物のために染めるカラーです。
思った以上にカラフルで現代でももちろん通用する
沢山の綺麗な色が江戸時代からありました。
ネーミングも実に粋でございます。
さて、江戸時代とはあの狸親父とよく言われる「徳川家康」が天正18年(1590)に江戸城に入り、
紆余曲折の末、徳川15代まで続いて「徳川慶喜」の大政奉還、1868年9月6日に明治と改元するまでの約278年間を言います。
江戸時代という年間に関しては他に諸説ありますが、私はこの278年間が江戸時代だと思っています(笑)
で、そのお江戸という地域的な範囲は良く言われる「朱引き」(赤い線)の内側でした。
よろしかったら左の地図をクリックしてくださいませ。
だいたい、山の手線の外側一帯と東は荒川ぐらいまでです。
そのなかでも特に、御城(現千代田区・皇居)の東側一帯、日本橋、浅草、両国の辺りには武士や町人が入り乱れて住んでいました。

上左・三井越後屋です 上右・日本橋近くの魚河岸
下・大川(隅田川)の川開きで花火を楽しむ江戸庶民。


ようこそ、お江戸の世界へお越しくださいました。
現代の多くの日本人に、欧米仕様のライフスタイルが定着しているとしても、
元を糺せば武士、浪人、僧侶、商人、町人、長屋の熊さん八っつぁん、日本髪を振り乱すそのかみさん達、……
一汁一菜の飯で、ご馳走の素焼きの鰯に齧り付いていた人々の末裔であることに変わりありません。
日本人であれば、どなたでものびのびと江戸時代を謳歌し、生き抜いてきたDNAが脈々と受け継がれています。
その血が少しでもザワつき、楽しんでいただければ仕合せでございます。
江戸時代の歌舞伎は現在と比べ物もないほど
熱気溢れる娯楽でした。
何回かに分けて、日本の芸能の原点を
ご紹介したいと思いまする。

上・イタリア人の手による幕末の江戸の町。手前は武家屋敷で越後長岡藩牧野家中屋敷です。さすがに高い建物もない景観ですね。
奥は江戸湾が広がってます。港区の愛宕山(標高約260m)の上からの撮影です。